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(みつばちプロジェクト)
 みつばちTimes 上野原 No.001〜
  みつばちの行動半径約2kmを中心とした地域通信
 

【No.020 春の2つの紫色の花】

 4月下旬から5月にかけて、2種類の紫色の花が上野原で見られます。山肌にはフジ(藤)の花。里にはキリ(桐)の花。紫色の花はミツバチが好むこともあって、どちらもよい蜜源となっています。
 フジの花の蜜は、上品でコクのある味。花の付きがよいことを毎年期待しています。キリの花の蜜が単独でどんな味なのかはわかりませんが、蜜の量は多いようです。

 
 

【No.019 桂川橋】

 JR上野原駅や中央道上野原ICから急坂を下ってきて、桂川(相模川)を渡る大きな橋が桂川橋。コンクリートの橋になる前は、今の場所よりもう少し下流にかかる、丸太の橋だったそうです。
  丸太でできた橋は水面からの高さも低く、台風などで増水すると、すぐ橋が流されてしまって、そんなときは、地元で舟を持っている人が、舟で渡してくれたとか。

 
 

【No.018 キツネが減ってイノシシが増えた?】

 動物が畑を荒らすという話は、昨今、よく耳にします。蜂場でも、イノシシが土を掘り返した跡はしばしば見かけます。イノシシやシカやクマが増えて困るという話は聞きますが、一方で減った動物はというと、地元の人によると、キツネやウサギだそうです。昔はキツネをよく見かけたし、ウサギはよく捕まえたそうです。イノシシが増えたのは、キツネが減ったのもひとつの要因なのでしょうか?

 
 

【No.017 与謝野晶子ゆかりの地】

 歌人であるというだけでなく、女性の働き方についても現代に通じる主張をしていた与謝野晶子。上野原はゆかりの地のひとつ。夫の鉄幹とともに何度も訪れ、桂川を題材にした短歌を多く残しています。桂川沿いをのんびり歩くと、短歌の世界を感じられるかもしれません。

 
 

【No.016 山の中の道】

 東京オリンピックまでの頃の話でしょうか。今ではクズなどのツル植物がうっそうと覆ってしまっている山の中にも、縦横に道があって、常に人が行き交っていたそうです。当然、草刈りなどの手入れをしなければ、あっという間に道がなくなってしまいます。なので、昔は、常に山の手入れをしていたということになります。そんな時代には、今のように動物が人里まで出てこなかったそうです。

 
 

【No.015 保養地だった上野原】

 ダム湖である相模湖ができる前、まだまだ桂川(相模川)が清流だった頃、上野原では鮎料理などが楽しめ、保養地だったそうです。鵜飼もやられていたとか。駅前には旅館だった建物が残っていますが、絹で景気よかった八王子の旦那衆による宴会で盛り上がっていたのかもしれません。

 
 

【No.014 1校時、2校時‥】

 上野原市在住、都留市在住、東京都在住の3人が子供の頃の学校の話題で盛り上がっていた際、「1校時」という言葉が出て、東京の人間が、「えっ?」という反応を示しました。
学校の時間割の1コマ目、2コマ目は、東京では「1時間目、2時間目‥」というのが普通。山梨県内でも、甲府方面の国中(くになか)地方は、また違うのでしょうか?

 
 

【No.013 えんどう豆】

 蜂場の近くで畑作業をしている人が、「えんどう豆の花によく蜂が来るけれど、真夏は蜂の数が減って、花が咲いてもなかなか実がつかない。夏が過ぎて涼しくなると蜂が来て、また実をつけ始める‥」と教えてくれました。多少なりともミツバチたちがお役に立っていれば嬉しいです。

 
 

【No.012 いいじゃん島田販売所】

 上野原ICや上野原駅から河岸段丘をぐっと下っていった先の、桂川橋のたもとにある、農産物直売所のお店です。「いいじゃん」というのは、運営している会の名前。
地元の新鮮な野菜はもちろん、漬物などの手づくり加工品、棡原のコンニャクや味噌、県内の果物や卵などが並びます。つくっている人との距離がとても近く、安いだけではないお店。4〜12月の水・土・日に営業中。

 
 

【No.011 旧秋山村への新しい道】

 蜂場近くの谷沿いに、アカシアの木がたくさんあり、一時、アカシアの蜜がよく採れました。しかし、現在、大規模な道路工事で、風景がまったく変わるほど山が削られています。残念ながら、ひとつの森が消滅してしまいました。残った木を大切にして欲しいです。

 
 

【No.010 せいだのたまじ】

 上野原の郷土料理とされる“せいだのたまじ”。“せいだ”も“たまじ”もジャガイモの意味だそうですが、小粒のジャガイモを味噌煮した料理のことです。汁気はなく、甘く煮詰めたもの。
 江戸時代に多く起きた飢饉を、中井清太夫さんという人が導入したジャガイモを食べて乗り切ったそうです。その感謝の気持ちも伝える郷土料理です。

 
 

【No.009 上野原駅の改札口】

 JR上野原駅は少し変わった造りになっていて、改札口がホーム上にあります。普通、ホームとは別に建つ駅舎の中に改札口がありますが、上野原駅の場合、河岸段丘の途中に駅があり、駅舎の場所が確保できなかったのでしょう。ホームに駅舎がのっかっているような造りです。

 
 

【No.008 上野原市立図書館の古守文庫】

 上野原には、棡原(ゆずりはら)という長寿で有名な地域があります。その棡原を世に紹介したのが古守博士。
 古守博士の著書や研究資料などが寄贈され、古守文庫として、上野原市立図書館で公開されています。
 少し古い本が多いですが、食べもの、健康、長寿、暮らしに関する本など、興味深い本が並んでいます。やはり、はちみつの本も並んで欲しいところ。

 
 

【No.007 上野原の中心】

 上野原の市街地は、河岸段丘上の国道20号線(甲州街道)沿いに広がっています。JR中央線は河岸段丘の中ほどを走っているので、駅で降りてもバス乗り場がある程度。中心地に行くには、急坂をのぼっていく必要があります。街道を中心に発展した古い街ということがわかります。

 
 

【No.006 靍嶋神明社のトチの大木】

 蜂場の近くに「靍嶋神明社」という神社があります。現在の地名は鶴島という表記をしますが、その字からも由緒がありそうな神社です。
 ここに幹まわり2mはあろうかというトチの大木があり、毎年5月上旬〜中旬頃、ろうそくのようにも見える白いトチの花をいっぱい咲かせます。その様子は上野原駅のホームからも見えるほど。

 
 

【No.005 上野原名物の酒まんじゅう】

 上野原の中心を通る甲州街道(国道20号)沿いに、酒まんじゅうの看板をあちこちで見かけます。中華まんじゅうに近い厚みのある皮が特徴だそうです。畑の草刈りをしていたときにお茶菓子で出してもらったのも酒まんじゅう。江戸時代から続くという、郷土の素朴な味わいです。

 
 

【No.004 お酢屋さん(戸塚醸造店)の麹づくり】

 蜂場の横にあるお酢屋さん(戸塚醸造店)では、米酢をつくる工程のひとつとして、米麹を手づくりします。機械でつくる麹の出来は、“よくて(手づくりの)8割”と言われるそうで、機械だと温度がうまく行き渡らず、どうしても出来上がりにムラができてしまうそうです。
  また、作業のポイントは“麹を甘やかし過ぎず、ストレスをかけ過ぎず”とのこと。みつばちの扱いと一緒です。

 
 

【No.003 桂川の桜並木】

 市内を東西に流れる川幅の広い桂川(相模川)。JR上野原駅近くにかかる桂川橋付近では、川の土手が桜並木になっています。毎年、橋をはさんで、川上の方から桜が咲き始めるそうです。暖かそうな川下の方から咲き始めそうなものですが。品種が違うのでしょうか?

 
 

【No.002 鶴島の田んぼ】

 蜂の巣箱が置いてあるのは上野原の鶴島という場所。蜂場の周囲には畑が広がりますが、以前は山から水を引いて、見渡すかぎり田んぼだったそうです。
 田んぼですから、田植えや稲刈りなど、集中的に人出が必要な時があります。そんなときには多くの人が集まって、とてもにぎやかだったそうです。
 そして、年末のもちつきのときは老若男女が集う一大イベント。みんなでもちつきをして、準備は大変だったもののとても楽しかったと地元の人から聞きました。そんなに遠い昔ではなく、今からわずか15年くらい前までのお話です。

 
 

【No.001 上野原のお酢屋さん 戸塚醸造店】

 上野原の蜂場の横は、戸塚醸造店という米酢をつくっている工場です。工場といっても、大がかりな機械はありません。ほとんど手づくりだからです。
 お米を手でといで、米麹を手作業でつくり、富士山麓まで水を汲みに行き、日本酒を仕込み、最後に、大きなかめの中で2〜3ヶ月かけてじっくりお酢を醸成させます。1日でできてしまう大量生産のお酢とは別物です。

 
 

 

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