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(みつばちプロジェクト)
 みつばちTimes 国分寺 No.001〜
  みつばちの行動半径約2kmを中心とした地域通信
 

【No.025 ペンシルロケット】

 ただいま国分寺市はペンシルロケット売り出し中。街にはペンシルロケットのフラッグがはためいています。昭和30年に糸川英夫博士がペンのような小さなロケットを国分寺で試射し、それが日本の宇宙開発の発祥ということになっているようです。

 
 

【No.024 別荘のまち、国分寺】

 明治時代の末頃から、国分寺には別荘が多く建てられ始めたそうです。今でも緑が多く残された地域はその名残。
 建物も含めて、最もよく名残を留めているのは、やはり殿ヶ谷戸庭園。ここは江口別荘から後に岩崎家の別荘。広大な敷地の日立の研究所も、元は今村別荘。さらに今でも紙の商社として創業を続けている竹尾の別荘や、多喜窪街道方面にあった天野別荘などなど。

 
 

【No.023 姿見の池のハンゲショウ】

 西国分寺駅近くの姿見の池は、湧水や用水による古くからある池だそうですが、今では公園として整備されています。その池のほとりに、ハンゲショウを見つけました。7月の一時期に、葉っぱが半分だけ白くなる変わった植物です。ただ、ミツバチは興味ないかもしれません。

 
 

【No.022 東山武蔵路】

 西国分寺駅の東側、大きな住宅団地の端の幅広い歩道に、南北に伸びる平行した2本の黄色い線が描かれています。これは、奈良時代の頃に整備された、京の都と地方を結ぶ古代の国道の跡を示すものです。
 2本の黄色い線の間隔は幅12m、直線で400mあるそうなので、その上に立つと、古代の幹線道路の存在感に圧倒されます。古の人々の往来に想いを馳せるひととき。

 
 

【No.021 国分寺街道の並木】

 国分寺を通って府中と小平を結ぶ国分寺街道。JR中央線の北側にはマメ科のエンジュの木が植えられていて、夏の蜜源になっていました。ところが、道路工事にともない、エンジュが伐採され、今後はハナミズキになるそうです。夏蜜の味が変わるかもしれません。

 
 

【No.020 国分寺が熱かった時代】

 1970年代、国分寺駅の南 口、殿ヶ谷戸庭園の隣のビル1階に、「寺珈屋」(てらこや)という喫茶店がありました。そのオーナーだった方にお話しを聞きました。
 地下には、村上春樹さんが経営していたジャズバーがあり、時々、まだ20代だった村上さんがコーヒーを飲みに来ていたそうです。喫茶店には個性豊かな人たちが出入りして、とても熱かった時代だったそうです。

 
 

【No.019 日立中央研究所】

 国分寺駅北口の近くに、日立の中央研究所があります。広大な敷地に約120種の樹木が生い茂り、中央線の車窓からも、その緑のボリュームに驚かされます。ミツバチにとっては蜜源の森となっています。春と秋の年2回、一般に公開され、春は花見、秋は紅葉狩りを楽しめます。

 
 

【No.018 恋ケ窪の麦畑】

 国分寺駅から西武国分寺線で1駅目が恋ケ窪駅。
 今では住宅が並んでいるものの、昭和35年頃はまだ麦畑が広がっていて、美大生だったときにスケッチに通った、というお話を地元の方に聞きました。丘のような起伏があって、まるでゴッホの絵に出てくるような麦畑だったとのこと。
 通いつめるうち、恋ケ窪駅でデッサンの道具を預かってくれるようになったそうです。

 
 

【No.017 国分寺万葉植物園】

 現在の国分寺の境内に、万葉集に登場する植物を集めた万葉植物園があります。植物の名前と歌が記された札がひとつひとつ添えられているので、植物の名前を覚えるのにもよい場所です。蜜源になりそうな植物は、うのはな(=うつぎ)がありました。

 
 

【No.016 松根油】

 市内のおばあさんのお話。戦争中、国分寺でも、航空機用燃料などにしようと松から油を採ろうとしていたそうです。作業の様子は見なかったそうですが、松に傷をつけて、松脂(松ヤニ)がたらーりと垂れてくるのを待つのだとか。戦争終了後、その際のドラム缶が残されたそうです。
 ミツバチも、樹脂を、巣のすき間埋めや防腐剤などとして利用しますが、もう少し効率が良いかもしれません。

 
 

【No.015 あかしあ通り】

 府中、国分寺、小平を結ぶ国分寺街道。玉川上水を越えて小平駅近くになってくると、あかしあ通りという看板が目に入ってきます。なんとアカシアの街路樹があるのです。でも、街路樹のため、強く刈り込まれてあまり元気なさそう。はたして蜜源になっているでしょうか?

 
 

【No.014 黒鐘公園】

 武蔵国分寺跡から、武蔵野線をくぐって反対側へ抜けると黒鐘公園があります。武蔵野のおもかげを残した園内には湧水による池もあり、そのまわりにはミツバチたちの良い蜜源になるアカシア(=ニセアカシア)が見られます。小さな丘をのぼると、林の中の道がとても静か。
 近くには、短いながらも山道かと錯覚しそうな伝鎌倉街道があり、一帯がとてもよい散策路になっています。

 
 

【No.013 国分寺駅北口の大学通り】

 国分寺駅の北口に、大学通りという商店街があります。でも、国分寺駅から一番近い大学の東京経済大学は南口にあります。なぜ、北口に大学通りがあるのかと不思議に思っていたら、以前は国分寺駅に南口がなかったからだそうです。南口は昭和30年頃の開設。

 
 

【No.012 殿ヶ谷戸庭園横の湧き水】

 国分寺駅近く、殿ヶ谷戸庭園の丸山側(東側)、国分寺街道沿いの崖に、昭和30年代頃まで竹の樋が差してあって、そこから常に湧き水が出ていて、誰でも飲めるようになっていたそうです。湧き水が豊かな国分寺らしい風景だったのでしょう。今でも、庭園内には湧き水があります。
 暑くなってくると、ミツバチたちも多くの水が必要になるので、湧き水はミツバチにもありがたい存在です。

 
 

【No.011 国分寺駅の貨物】

 宅配便などなかった昭和40年代くらいまで、国分寺駅の木造駅舎の左手に、鉄道貨物の受付窓口があったそうです。駅構内には貨物用の引込線が何本もあり、機関車が行ったり来たりしていました。今やミツバチは宅配便で送れますが、昔は貨物で送ったりしたのでしょうか?

 
 

【No.010 殿ヶ谷戸庭園のモッコク】

 殿ヶ谷戸庭園は別名モッコク庭園とも呼ばれ、他では見られないほど多くのモッコクが植えられています。品格があり、庭木として高価なモッコクですが、入口にはモッコクの並木道?まで。なんでも、殿ヶ谷戸庭園の持ち主であった、あの岩崎家がモッコクを好んで植えたそうです。 常緑樹でツバキ科のモッコクは、7月に小さなクリーム色の花を咲かせ、夏の貴重な蜜源になっています。

 
 

【No.009 「蜜蜂注意」の張紙】

 武蔵国分寺跡近くの国分寺薬師堂の山門に、「蜜蜂注意」の張紙がありました。
見ると、柱の下の方に、いかにも巣をつくりそうな穴があります。日本蜜蜂の巣があるのでしょう。
 蜜蜂が住める環境なら、人にとっても心地良いはず。

 
 

【No.008 国分寺第一小学校の思い出】

 地元の人による昭和20年頃のお話。
 今と違って、国分寺第一小学校は国分寺駅のすぐ南にありました。ぞうきんがけの水汲みや、体育の後に足を洗うためなどに、当時は大川と呼んでいた野川まで下って行かなければならず、大変だったそうです。
 川にはザリガニがいっぱいいて、男の子はザリガニ採りに夢中で、なかなか作業がはかどらなかったとか。

 
 

【No.007 たべ研のお店】

 多摩地域の良質な食材を共同購入できるようにと、生産者と消費者が一体となって設立された「三多摩たべもの研究会」。今でこそよく耳にする「地産地消」を、1970年代から地道に活動を続けています。その商品を手に取って購入できるお店が、連雀通り沿いにあります。

 
 

【No.006 植木溜】

 あまり耳慣れない言葉だと思いますが、植木屋さんが、植木を育てたり保管したりする場所のことを植木溜(うえきだめ)と呼ぶようです。
 「植木の町 国分寺」という看板を見かけましたが、国分寺を歩いていると、けっこう植木溜を見かけます。
 敷地は広く、花の咲く植木も多く、ミツバチたちにとって願ってもない環境です。

 
 

【No.005 野川沿い】

 国分寺市にその源を発し、多摩川に注ぎ込む野川。街の中の潤いをもたらしてくれています。国分寺駅南口から国立方面へのびる多喜窪街道は、その野川へ向かって下っていきます。少なくとも昭和20年代は、野川に沿って、一面に田んぼがひろがっていたというお話を聞きました。

 
 

【No.004 殿ヶ谷戸庭園】

 国分寺駅南口から徒歩2分のところにある殿ヶ谷戸庭園。駅のそばに広がる、貴重な緑のオアシスです。
 園内には、武蔵野の山野草や樹木が見られ、湧水を生かした池もあります。芝生が広がる場所も気持ちいい。
 武蔵野の代表的な樹木のひとつで、また養蜂家には良質な蜜源として知られる、大きなエゴノキが数本あり、ミツバチたちも喜んで訪れていることでしょう。

 
 

【No.003 国分寺駅北口の再開発】

 ただいま、国分寺駅北口方面は大々的に工事中。かなり長い間、工事が始まりそうで始まらなかったのですが、いよいよ開始。広大な土地が更地になっています。
 願わくは、みつばちも心地良く住める、花いっぱいの街になりますように。

 
 

【No.002 府中のお祭り】

 地元の人のお話。
 府中の大國魂神社。国分寺からちょうど2kmくらいで、ミツバチが飛んで行ける距離です。
由緒ある古い神社で、お祭りも多く、中でも千年以上続くという大きなお祭りが5月初旬の「くらやみ祭り」。
 以前は本当に真夜中におみこしが出るお祭りだったようです。そしてその翌朝、若い衆が竹の先を割ったようなもの?を地面にこすりつけながら、集団で帰っていったそうです。国分寺の場合は小平方面へ帰る一団が通ったのでしょう。その竹の音がシャラシャラというような独特の音で、今でも耳に残っているというお話でした。

 
 

【No.001 武蔵国分寺跡】

 奈良時代に、聖武天皇の命により全国に建立された国分寺。武蔵の国にあった国分寺なので、武蔵国分寺。これが、現在の国分寺の地名の由来。
 なにせ1300年も昔の奈良時代のお話ですから、お寺の建物はあとかたもなく、ここにありましたという広っぱがあるだけ。でも、この広っぱで1300年前に想いを馳せるのもよいもの。その頃にも蜂は飛んでいたことでしょう。

 
 

 

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